人間は、自分を正当化する天才だと思う。ガチャを前にしたとき、特に。

気づいたらレジャー費の明細に「カプセルトイ代」という謎の項目が増えていた。月3,000円だったのが5,000円になり、気づいたら8,000円になっていた。さすがにこれは「趣味費」という名目では説明がつきにくい金額だ。

そこで人間が編み出すのが、「言い訳の進化」である。ガチャを正当化する言葉は、使えば使うほど洗練されていく。今日はその進化の全記録を残しておきたいと思う。

第一段階から最終到達点まで

1
出発点:正直な状態
「好きだから回してます」

誰でも最初はここから始まる。正直で清々しい。ガチャが好き、それだけだ。問題は、これが通用するのが月1,000円くらいまでという事実だ。2,000円を超えたあたりから、人は何かに言い訳が欲しくなり始める。

2
第一の言い訳:造形への言及
「これ、造形のクオリティがすごくて——勉強になるんですよ」

最初の進化がこれだ。ガチャを「美術品として鑑賞している」という方向に舵を切る。確かに嘘ではない。300〜500円であのクオリティは本当にすごい。でも「勉強になる」という言葉を足した瞬間、出費の意味が変わり始める。

💡 ポイント:「勉強になる」は便利な言葉で、ほぼすべての消費に後付けできる。映画を見ても、マンガを読んでも、居酒屋に行っても、勉強にはなる。この言葉の汎用性に気づいた者は、次のステージに進む準備ができている。
3
第二の言い訳:業界リサーチ化
「カプセルトイ業界のトレンドを把握しておかないといけないので」

第二段階になると、個人の趣味から「業界理解」へとスケールアップする。「トレンドを把握する」という言葉は強い。どんな職業の人でも「業界研究」という文脈にガチャを置けば、なんとなく正当性が生まれてくる。

この段階で月の出費が1万円前後になっていることが多い。でも「業界研究なら仕方ない」という謎の納得感が生まれているため、本人はあまり苦しくない。

4
第三の言い訳:完全な研究者宣言
「これは研究です。私はカプセルトイを研究しています」

ここまで来ると、言い訳がひとつの思想に昇華される。「研究」という単語を使い始めた瞬間、その人の中でガチャは「消費」ではなく「探求」になる。

研究者には好奇心がある。好奇心には理由がいらない。「なぜ回すのか?」という問いに対して「研究だから」と答えれば、それ以上追及されない。この境地に達した者は、表情も落ち着き、声のトーンも安定し始める。

✦ 研究者の境地 ✦
「趣味と研究の違いは、
記録をつけているかどうかだ。」
——と、このコラムを書きながら気づいた。
つまりこのコラム自体が研究の成果物である
🏆 最終到達点
第四の言い訳:経費申請の検討
「……これ、経費で落ちませんかね?」

ここが終着点だ。「研究費だから経費では?」という問いが頭をよぎった瞬間、人は一線を越える。

フリーランスや個人事業主の方の中には、この問いを税理士に真顔で持ち込んだ人が少なからずいるという。答えはおそらく「業務との関連性が証明できれば」という回答で、その「証明」のために研究ノートをつけ始めた人もいるらしい。これはもう完全に本物の研究者だ。

でも、正直に言うと

言い訳の進化を5段階まとめてみたが、実はこれ、そんなに悪いことじゃないと思っている。

「造形の勉強」と言い始めた瞬間から、ガチャを見る目が少し変わる。パーツの精度、色の出し方、スケール感、パッケージのデザイン——本当に「見てしまう」ようになる。「業界研究」と言い始めると、どのメーカーがどんな傾向にあるか、今のトレンドはどこに向かっているかを自然に考えるようになる。

言い訳が先で、理解が後からついてくることがある。動機が不純でも、結果的に知識が増えることがある。ガチャを「研究」と呼び始めた人は、本当にガチャのことをよく知っている、という逆説的な現象が起きている気がする。

COLUMN / 言い訳の進化が止まらない人の共通点

観察していると、言い訳が上手い人ほどガチャへの愛が深い、という法則がある。「ただ好きだから」という素直な気持ちを守るために、外向きの言語を磨いていく——その努力の量が、愛の深さと比例している気がする。

だから「研究費」と呼んでいる人を笑えない。その言葉の裏に、カプセルを開けるたびに高鳴る気持ちが、ちゃんとある。

おまけ:言い訳レベル診断

自分が今どの段階にいるか、一度確認してみてほしい。

「好きだから」と言える人は、まだ健全な段階にいる。「造形の勉強」まで来た人は、そろそろ月の出費を直視した方がいい。「業界研究」まで来た人は、誰かに話を聞いてもらった方がいい——聞いてくれるガチャ好きの友達が必ずいる。「研究費」「経費」まで来た人は、もうこのコラムを読んでいる場合ではなく、研究ノートを書く時間に使うべきだ。

ちなみにこのコラムを書いている編集部員は、現在第三段階と第四段階の間あたりにいます。以上、報告でした。

✦ 言い訳は、愛の別名かもしれない

「研究費」と呼ぼうと、「造形の勉強」と言おうと、カプセルを開ける瞬間の気持ちは何も変わらない。ドキドキして、開けて、「あ、これか」ってなる。それだけだ。

言い訳はむしろ、そのドキドキを守るためのものかもしれない。社会的な体裁と自分の好奇心の間で、人は言葉を磨き続ける。それがガチャを愛する人間の、ちょっと不器用な誠実さだと思う。